SAPCの芸術総監督を務める宮城聰氏の新作の舞台『顕れ(あらわれ)~女神イニイエの涙~』を見てきました。場所は富士山が目の前、という東静岡駅のそばにある静岡芸術劇場。
『顕れ』は、アフリカ社会の分断を生んだ奴隷貿易が主題。奴隷貿易に加担したアフリカ人に、死後の世界で罪を告白させるという内容です。
かなり重たいテーマですが、能のように死者や神の視点から物語が様式的に編まれて、演劇のような抽象的な民俗芸能のような。美しく、魅力的な舞台でした。
きっと、重いままだと、みんな見ないと思うんですよね。演劇は、それを見せるチカラがある。
写真や文も同じで、伝えたいことを、どう表現したら、みんなが見てくれるか。そんなことを、改めて考える機会となりました。
顕れ ~女神イニイエの涙~
作:レオノーラ・ミアノ
翻訳:平野暁人
上演台本・演出:宮城聰
音楽:棚川寛子
静岡芸術劇場
2019年
1月14日、19日、20日、26日、27日
2月2日、3日
http://spac.or.jp/revelation_2018.html
この作品は、レオノーラ・ミアノ作の戯曲で、宮城聰が演出。昨年(2018)の9・10月にフランスで初演され、このたび日本で初めて上演されています。舞台で演じているのは、宮城氏が芸術総監督として率いる静岡県舞台芸術センター(SPAC:すぱっく)の俳優たち。
俳優たちは、ただ舞台で演じるだけではないのです。舞台の一段下に、小さなオーケストラピットのようなスペースがあります。そこで生の演奏がされていたのだけど、舞台で演じていた俳優が、階段を降りて演奏して、また舞台に戻るといった具合に行ったり来たり。
しかも、ただ演者が演奏を兼ねているのではなくて、その演奏ゾーンが物語のなかの「灰色の谷」という罪人が苦しむ場所にもなっている。うまい構造。
衣裳、舞台装置、小道具もすばらしかったけど、音楽が大きく物語を底支えしていように感じました。2017年秋の新作歌舞伎「マハーバーラタ戦記」の音楽も、SPACの棚川寛子さんが担当。単なる伴奏音楽ではないのです。能における「囃子」のような。楽譜を作らないんですよね、棚川さん。
歌舞伎の「マハーバーラタ戦記」は、突飛な題材にもかかわらず、わくわくするような歌舞伎の作品にまとまっていて、何度も劇場に足を運びました。その演出家が宮城聰氏で、すばらしい生演奏をしていたのが、SPACの俳優たちでした。
歌舞伎座公演では、毎朝、棚川さんとSPACの俳優が音楽の微調整をしていました。あの執念はすごかった。
新作歌舞伎「マハーバーラタ戦記」の特設サイトのなかにも、棚川さんのインタビューがあります。
https://www.kabuki-bito.jp/mahabharata/
『顕れ』の舞台の冒頭。真っ暗に照明が落とされた闇から、プロローグがはじまるのですが、その音楽に強く心を揺さぶられました。
作者のレオノーラ・ミアノさんについては、私は前知識がなかったのですが、「アフリカ人の加担者たち」に告白させるという構成に、とても共感しました。
ミアノさんのインタビュー記事に、こんな言葉がありました。
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「私は人間である。人間に関わることで私は無縁な事は一つもない」。私はテレンティウス(古代ローマの劇作家)のこの言葉が大好きで、同じ考えで作品を作っています。
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この作品は、能を意識した演出が埋め込まれているそうですが、私もたくさん「能的」なものを感じました。
イニイエという女神が出てきます。ところが、身体を動かすだけで自分は語らない。そばにいる別の俳優(女性)が言葉だけを担当するのです。これは、能の「居グセ」に似ていました。これ、すごくいい効果があったように思います。
それと、これはささやかな気付きなのですが、能や歌舞伎は、ラストがちょっとぼんやりというか、マーブル模様ように曖昧に終わることが多い。けれとも、この『顕れ』は、西洋式の演劇というか、きっちり戸締まりをするように、理論的に物語を閉じていくのです。私は、もう少し余白というか、茫洋としたところもあってもいいのかなとも感じました。
でもそういうのだと、世界は納得しないのかもしれませんね。
こちらは蛇足になりますが、女性の俳優の声がもう少し充実すると(白石加代子さんみたいな)、さらに深みが出るように感じました。でも、これはふだん能や歌舞伎で男の声ばかりに慣れてしまっている、私の耳だけの感想かもしれません。
さて、もう少し視点を引いて、静岡芸術劇場について。
この劇場は、グランシップ(静岡県コンベンションアーツセンター)のなかにある舞台芸術のための専門施設。ロビー部分は、一般市民に開放。だれでも自由に出入りできました。市民に、社会に、演劇を開いていこうという姿勢に満ちていて、気持ちよかったです。
開場後は、なんと宮城さんご自身がロビーに立ってお客を迎え、あるときは席の案内までしていました。なかなかできないことだと思いました。
それから、「すぱっく新聞」や「劇場文化」などの紙ものの無料配布物も内容が濃くて、充実していました。こういう、なにげないところにも、後ろで支える事務方の熱意がじわっとあらわれますよね。
観劇前の無料解説(プレトーク)、観劇後のバックステージツアー(事前申込制)も参加して、めいっぱい静岡芸術劇場を楽しんだ一日でした。
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