2013年5月〜8月までの出来事を田村民子が日記風に綴ります。「伝統芸能の道具ラボ」の活動に関わることを主に書きますが、まったく関係ないことも書いてみたいと思っています。よろしくお願いします。
表紙写真:2013年3月22日 「無形文化に魅せられた3人の愉快なトークショー」(撮影:村上千博さん)
左から田村民子、山下彩香さん(フィリピンの民族衣装を着用)、小岩秀太郎さん(岩手県の郷土芸能・鹿踊りの衣裳を着用)
● 2013年8月13日(火)暑い!
【ふりこの心】
歌舞伎の裏方さんには「自分たちの仕事のことをもっと知ってもらいたい」という気持ちと、「裏方は表に出るべきではない」という2つの気持ちがあり、振り子のように行き来している印象を強く受けます。私自身も、裏方というお仕事は、その名の通り「裏」を担っておられるので本来は「秘密の花園」であったほうがいいかなと思っています。「私たちの仕事は、目立ってはいけないんです」と控えめなところは、いかにも日本人らしく心惹かれる部分でもあります。
でも、今という時代は裏方や職人の後継者不足、技術継承の課題やもっと大きな目でみると歌舞伎のファンを増やしていかなければならないなど、いろいろな課題もあります。裏方さん、職人さんたちは非常に真面目にいい仕事をされているので、行きすぎない範囲で(ここのさじ加減が難しくもあるのですが)情報を知らせていくべきではないかと考えています。裏方さんの気持ちもしっかり理解した上で、私は彼らの素晴らしい仕事を多くの人に知ってもらいたいと思っています。
写真は歌舞伎座の中にある喫茶・檜のオリジナルケーキ「KABUKU〜へん(かぶくーへん)」です。この喫茶店は、前は観劇しない方も入れていましたが、新しい歌舞伎座ではチケットを持っている方のみの利用となりました。幕間に入りたい場合は、席の予約もできるそうです。
● 2013年7月25日(木)曇り 蒸し暑い
【気配りのスペシャリスト】
歌舞伎の裏方さんのお仕事を分類するやり方は、いろいろあってこのあたりはいつかきちんと整理してみたいのですが、今日は「俳優さんと直接やりとりをする職種」と「俳優さんと接しない職種」という分け方をしてみます。それで、前者について書いてみます。俳優さんと打合せをするとか、直に肌に触れながら仕事をする方たちは、仕事そのものの技術を高める努力はもちろん必要ですが、それに加えて「気配り」ができないとつとまりません。彼らには繊細な気配りというものが長年身についているので、接していてとっても自然で感じがよいのです。私は元来ぼーっとしたタイプであまり気がきかないので、いつもその素晴らしさに感動してしまいます。そして我が身をふり返って、毎回深く反省しています。
この前、歌舞伎座の床山さんのお部屋へ遊びにうかがったときも、やはりすごいなーと関心しました。床山さんは、ヘアメイクのようなお仕事で、かつらの髪を結うだけでなく、かつらを俳優さんの頭にかぶせる(「かける」という言い方をします)こともされます。俳優さんとまさに肌を接する仕事なのです。床山部屋に入らせていただくと、一番の新人さんがすぐにお茶を入れてくれて(急須で入れた熱い緑茶)、冷めると新しいお茶をすっと出してくれます。ベテランの床山さんにかつらのことをいろいろ教えてもらいつつ、ちょこっと髪につける油を触らせていただいたりすると、すっとすぐにティッシュが差し伸べられ、次の瞬間にはすぐにゴミ箱をこちらに向けてくれるといった風。それをいかにもたおやかな女性がするのではなく、ちょっと江戸っ子的な男性が流れるようにやってくださるので、なんだか不思議な感じなのです。これまでの人生で、こんなに丁寧な待遇を受けたことがあっただろうか・・と思いました(笑)。外部の私が訪問すると、やはり現場のトーンが崩れますから、なんとなく遠慮があるのですが、少しずつなじませていただいて、そこに居るのが自然になるようにしていきたいと思っています。
俳優さんと接しておられる方は、ものすごく神経を使いながら仕事をされています。ちょっとした言葉遣い、心配り。短い時間を御一緒するだけでも、その言動から学ぶことが非常に多いです。表面的な技巧だけではなく、人間としての素直さなども兼ね備えておられて、中身も豊か。やはり私は、こうした人間の魅力に惹きつけられているのだと改めて感じます。俳優さんと接する接しないは別にして、裏方さん、職人さんはみなさん魅力的です。せっかくの人生ですから、たくさんの豊かな人に出会って、たくさんお話していきたいなと思っています。
写真は、話題と全然関係ありませんが、うちで飼っている猫です。裏方さんや職人さんの表情を写真で撮って、たくさんの人に伝えていきたいなと思って、デジタル一眼レフを入手しました。それで、猫を被写体にして練習しているところです。人物のいい表情をおさえるのはとても難しいのですが、このカメラには連写機能もありますし、たくさんコミュニケーションをしてリラックスしていただいてカシャっと撮れるように、じわじわとやっていきたいと思っています。ちなみに、うちの猫の辞書には「気配り」という言葉はのっていないようです。
● 2013年7月14日(日)猛暑 夕立
【ゴリラ・家族・大道具】
私はたくさんの本を乱読しつつ、気に掛かった言葉はノートに書き写すようにしています。そして、どきどき読み返します。その読書メモのなかで、なんども読み返すものがあります。それは『家族進化論』(2012)という山極寿一さんの本から書き写したメモです。山極さんはゴリラの研究で有名な方です。いい加減に書き写しているので正確ではありませんが、こんなことが書かれています。「コミュニケーションと生活様式の変化による影響をもっとも大きく受けたのが家族ではないかと思う」。これ、すごく納得します。それから「人間が言葉を使わなくても共鳴し合える共鳴集団の規模は、いまだに10〜15人である。これはゴリラの集団の平均的な大きさと変わらないし、人間の家族の大きさとも一致する」。今、これを読み直すと、大道具さんのチーム編成もこれにあてはまっているなと感じます。
歌舞伎の舞台では、場面がどんどん変わっていきますが、その舞台転換を大道具さんが裏で(ほぼ人力で)行っています。以前、その転換の担当者の方にお話をうかがったときに、上手(かみて)と下手(しもて)でそれぞれ10人くらいでチームを組んでやっていると言われていました。そのお仕事ぶりを拝見していると、ほとんど言葉も交わさず、見事なチームワークで手際よくこなしていかれます。たぶん、いちいち指示を出したりしていては間に合わないでしょうし、声を出すことができない場面もあります。ひとりひとりが、全体を把握しつつ、自分のやることがすぐに判断できているという、まさに「あ・うん」の呼吸なのです。これは何度見ても鳥肌が立ちます。きっと、生物学的にみても適性な規模の集団なのだと思います。
そんな感じで、このところなんでも裏方さんや職人さんと結びつけて考えてしまいます。もう病気ですね(笑)。でも、どんなことも落とし込む壺があるというのは、楽しいものです。余談になりますが、先月、山極さんの講演を聴く機会がありました。現場に徹底的に向き合ってきた方のお話には、力がありますね! そして人間的な魅力もたっぷり感じられました。
写真は、つい先日、京都から送られてきた祗園祭のちまきです。歌舞伎の髪飾り「鹿の子」を復元してくださった京都絞栄会(京都絞り工芸館)の吉岡さんが送ってくださいました。今年は船鉾のちまきだそうです。京都在住時代、大好きだった祗園祭。京都を離れてから、一度も行けていません。いつかまた浴衣を着て、宵山の夜道を歩きたいです。
● 2013年7月6日(土)梅雨明け 猛暑
【自分の技を残す】
じっと精進して自分の技を積み上げてきた職人さんは、自分が油ののったときの技をなにかの形で残したい、と心のどこかで思われるものかもしれません。職人のなかでも、陶芸家などの工芸に関わられる方は作品が残ります。でも、作ったものが短期間で役目を終えて壊してしまう、つまり仕事が物理的に残らない職種の職人さんもいらっしゃいます。歌舞伎でいうと、大道具さんや床山さんなどがそうです。
切れっ端の所感をひとつ。宮家所蔵の貴重な道具類を披露する展覧会がありました。そのなかにはミニチュアの鎧兜が展示されていたのですが、ある裏方さんがそれを見て、こんなことを言っておられました。ホンモノの鎧兜よりも小さいけれど、小さいほうが作るのが難しいのだろう。そして通常のサイズのものは、どんどん誰かの手に渡ってしまうけど、ミニチュアは使用するためではないから、使われずに残る。自分の技をなにかの形で残したかったのかもしれないね。と。
なんだか、この言葉にじーんとしました。その方のなかにも「残したい」という気持ちがあるのだと思います。そういえば、ある床山さんが難しい髪型のかつらのミニチュア版を作って手元に置いておられたことがありました。それはまさに、上記の心理だったのだと思います。
話は少しずれますが、神奈川県川崎市の習俗を丁寧におさめたDVD「うつし世の静寂に」(制作:ささらプロダクション)の映像のなかに、田んぼのあぜ(くろ)を作るシーンがあります。年配の男性が黙々と鍬を動かしていく様子を時間をかけて追っているのですが、いつもその場面になると感動してしまって目がうるんでしまいます。それはたぶん、その人の遺言なのだと思うのです。自分が極めてきた技術を、わかってくれる人に伝えておきたい。真面目にやってこられた方ほど、そういう気持ちが強いのだと思います。そういうものを記録されるささらプロダクションさんの視点も素晴らしいですし、きっと丁寧に人間関係を築かれたからこそ撮影ができたのだと思います。優れた技を形で残すことも大切。そして、技を人から人へと受け継ぐということも大事。まだまだ不十分ですが、そのお手伝いが必要な場面に遭遇したときに、的確に行える人になりたいと思います。
● 2013年6月30日(日)曇り
【役者として生きる木】
「聞き書き」という手法で多くの職人さんの声を記録されている塩野米松(しおのよねまつ)さんの著書に『木の教え』(草思社 2004)があります。総ルビで子どもも読めるようにしてある本で、とても読み応えがあります。その最初の項目は「木の二つのいのち」です。塩野さんは、木は二つのいのちを持っていると書いています。一つは植物としてのいのち。もう一つは木材としてのいのち。言われてみると当たり前のようですが、本当にそうだな〜と思いました。
今日は歌舞伎座の大道具さんの現場へうかがっていたのですが、歌舞伎でも生の木を使います(いろんな使い方があって、ここでは詳細には触れませんが、とっても奥深いです。近いうちに大道具さんのWebサイトで記事にしようと思っています)。ちゃんとそういう花木の担当者がいらして、とても熱心に勉強されています。今日は松の木を作られていました。ホンモノの松の木の幹(枝が打ち落とされた棒のような状態)に、松の枝を釘で打ち付けていかれます。ホンモノの松の木をまるごと使えばいいようなものですが、枝を1本ずつ打ち付けて、その芝居に合う、あるいは主役の俳優好みの松の姿を作り上げていくのです。この時期の松は新芽が出るそうですが、新芽の部分は枯れやすく公演期間中にどんどん枯れて白くなっていくそうです。ですから、新芽をひとつずつ手やはさみで落としていきます。この作業をずーっと見せていただいたのですが、時間がかかり、本当に大変です。歌舞伎の舞台のなかで、松の木に気を止めてじーっと見る人はあまりいないと思いますが(最近私はオペラグラスで花木チェックをやっていますが)、そういうものにもこうして大変な手間をかけて、芝居にふさわしい松をつくりあげているのです。
その松の幹は、使い捨てではなく何度も使われているそうです。それでふと「この松の幹は、第二の人生を歌舞伎の役者として生きているんだなぁ」と思いました。日本に松の木はたくさんあれど、大歌舞伎の舞台に出演する松の木はそんなにありません。松の木自身はどう思っているのでしょうかね。写真は新芽のついた松の枝です。ひとつの枝に、たくさんの新芽がついていきます。松は松ヤニがありますので、少し作業していても手先が黒くなり、あの独特のにおいがつきます。この大道具さんは、入った当初からこの花木の担当(正式には「造花」担当といいますが)がやりたくて、ずっとこの道一筋とのこと。もくもくと仕事を進めるその姿を見ていると、天職だなぁと思いました。
● 2013年6月29日(土)晴れ
【シャアの赤】
突然ですが、ガンダムの人気って根強いのですねー。私も子どものころにテレビアニメでガンダムが流行、よく見ていましたが、まさかこんなに長く続くとは思いませんでした。このところ交流させていただいている理化学研究所(理研)の先生がガンダムファン、ことにシャアのファンでいらっしゃるようで、それはそれは楽しそうにお話されます。クラウドファンディングのお礼の品のひとつとして作った房ストラップをお見せしたところ、シャアの赤のバージョンがあってもいいね〜みたいな雑談をしたこともありました。なるほど、そういうのも面白いなと私も思いました。
話は少し飛びますが、近いうちにEラーニングの文章講座を開講する予定です。課題をきちんと提出された方には、終了記念品として房ストラップを進呈しようと思っているので、その色についてストラップを作っていただく職人さんと相談をしました。その際に、「シャアの赤とかにしてみようと思う」とふってみたところ、職人さんもガンダムに詳しいらしく、「ジョニーライデンの06R2が好きです」と難しいお返事が返ってきました(笑)。よく理解できないまま、理研の先生に職人さんがこんなことを言われていますーという感じで伝えると、これまた私が把握できない専門用語満載の内容のお返事が戻ってきました。伝書鳩の私には、あまり理解できませんが、ともかくガンダムファンは確かにいる!ということはよく理解できました。
「伝統芸能の道具」というキーワードで、別々につながっている理研の先生と、組紐の職人さんが私をスルーしてガンダムで会話している感じがなんとも面白いですね。理研の先生に組紐を科学してもらいたくなったりもします。こんなユニークなつながりがとっても楽しいです。
● 2013年6月26日(水)雨 少し肌寒い
【「扱い」の違い】
歌舞伎座の新開場に合わせて大道具さんのWebサイトがオープンしていますが、いいご縁をいただいて企画、更新などに携わらせていただいています。歌舞伎の大道具は、複数の会社があるのですが、私が関わらせていただいているのは歌舞伎座の大道具さんです。会社ごとにそれぞれ特色がありますし、仕事のやり方も少しずつ違っていたりして、おもしろいです。Webサイトにどんなコンテンツを盛り込むかは、大道具の方と相談しながら考えていますが、「自分たちの仕事を支えてくれている職人さんの仕事も多くの人に知っていただきたい」という大道具さんの要望から、「歌舞伎座の大道具を支える職人」という連載をスタートさせることになりました。これは、私自身もとてもやってみたいテーマですので、非常にうれしい企画です。ふだんは、なかなかお会いできない職人さんに会いにいけます。それに、「え、こんな種類の仕事もあるの?」というような、専門的な仕事をされる職人さんもいらして、本当に知らないことばかりだなぁと感じます。
歌舞伎の世界の裏方さんを取材していて、面白いなぁと思うことの一つに「どの裏方が扱う道具なのか?」ということがあります。ちょっとわかりづらいと思いますので、具体例をあげますね。たとえば、女方さんが頭につける飾り。かつらを結い上げる「床山」という裏方がありますが、そこが全部扱っていると思いきや、ある道具は衣裳が扱う(担当する)、ある道具は小道具が扱うのです。その区分けがわかるような、わからないような。きっと最初になにか理由があって、それが慣例化していることもあるのだと思います。職人さん自体も「なんでだろうね〜?」みたいなことをおっしゃることもあり、本当に面白いです。それから、歌舞伎座で目にする提灯も、大道具系、小道具系、劇場系と系列があります。同じような道具でも扱いが異なるというのは、この世界ではいろんな場面にあります。そんな些細なことを発見するのが、またとっても楽しいのです。
写真は歌舞伎座の外観です。「歌舞伎座の大道具を支える職人」の連載の第一回は提灯にしました。少し暗くなり始めた頃の提灯は本当にきれいです。いい職人さんが、ひとりでも多く仕事を全うし、その技を引き継ぐ若い人が一人でも増えるように、具体的な策を打てるようにしていきたいと思っています。
【連載】歌舞伎座の大道具を支える職人 提灯 その3
http://kabukizabutai.co.jp/news/286.html
● 2013年6月24日(月)曇りときどき晴れ 蒸し暑い
【小さいころから親しむ】
「伝統芸能の道具」を切り口に活動を続けていますが、先日、現在抱えている課題についてフランクに相談をする機会に恵まれました。ほぼ8時間、ぶっ通しで語り合ったのですが、私自身が現場につっこみすぎて見えなくなってしまっている状況を大きな視点から構造的に整理していただいたりして、目からウロコの時間でした。ここには書ききれないくらい、多くの濃厚なアドバイスをいただいたのですが、ひとつだけご紹介してみます。
伝統芸能の道具が抱える課題うんぬんの前に、まずは伝統芸能そのものが一定のレベルで盛り上っていないと(つまりみんなに好きになってもらわないと)、そもそも成り立たないという前提があります。外国文化のディズニーがこれだけ人気を集めていて、自国の文化である伝統芸能はどうして関心が薄いのか。そこには様々な要因がありますが、ひとつは幼少期での体験があげられる、という話になりました。だれしも、子どものころに親しんだものには、壁もなくするっとその世界を受け入れることができます。私自身もやはり10代くらいまでに親しんだものであれば、多少のブランクがあっても年月を飛び越えて楽しめたりします。最近、台東・墨田エリアの人たちと卓球をやっていますが、中学校のときに卓球をやっていたのでわりと楽しく戦えています。身体を使うものは特に、若いころにやっていないとダメだなぁと感じます。私自身の活動は、まだコアの調査・研究もおぼつかない状態ですが、いずれはこうした「子どもへの教育普及」のあたりにも関わってみたいです。そういえば、子どもたちの間で落語が流行ったりした時期もあったと思いますが、彼らが大人になったときにどんな風に影響するのかも気になります。NHKの「にほんごであそぼ」にも伝統芸能の方が登場されていますね。じわじわと効いてくるといいなぁ。
「伝統芸能の道具を未来へ」という理念を本当の意味で実現させるには、さまざまな活動をしなければならないと感じています。まずは、それができる体制づくりを1歩ずつ進めていかなくてはなりません。これ、ずっと言い続けていて、なかなかできていません。要するにお金の問題でもあるのですが、苦手なことはなかなか進みませんね・・・。どんな活動でも同じですが、ここが一番苦労するところでもあり、また重要なところでもあると思います。単なる趣味の活動で終わるのか、継続的に行う支援活動になるのか、その分かれ目でもあると思うのです。ようやく望んでいた方に関わっていただきはじめたので、えいやっ!と、がんばらなくてはと思っています。
写真は、うちの猫と『京職人ブルース』(米原有二・著, 堀道広・イラスト 2013) という本です。この本は、8時間会合にお付き合いくださった池本女史からプレゼントしていただきました。著者の米原有二さんとは、近年知り合い2度ほど京都でお会いました。読みたいな〜と思っていたところに、偶然いただいたのです。以心伝心? ありがたいです。米原さんは、京都の職人ばかりを取材してこられた気骨あるライターさんで、私とは少し違った手法ですが伝統工芸を次世代へつなげるための活動を地道に力強くされています。独特のイラストや漫画もあっておもしろい本ですので、ぜひご覧ください。うちの猫は、寝て食べてばかりなので、たまにはキャンペンガールとして働いてもらおうと思って登場させました(すごいおばあちゃんなんですけど)。
● 2013年6月14日(金)曇り 蒸し暑い
【職人として育つということ】
ある床山さんに久しぶりにお会いしてきました。歌舞伎座が閉まっていたときはなんだか落ち着かない〜ということで、あまりお会いできていませんでしたが、やっとゆっくり会おうという雰囲気になったのです。1年振りくらいだったのですが、健康的にすきっと痩せておられました。うかがってみると、毎日、芝居がはねてから夜にランニングをなさっているとのこと。朝から晩まで働いて、夜に走る。すごいですねー。10kgほど体重が減ったとか。
理由をたずねてみると、健康でないといい仕事ができない、ということに気付いたことと、中村屋さんのこともこたえたとのこと。いずれにしろ、元気で長くお仕事をしていただきたい方なので、健康管理をしっかりされているというのはいいことだと思いました。
その床山さんの父上も床山の仕事をなさっていて、数年前に取材をさせていただきました。残念ながらお亡くなりになりましたが、きれいな江戸弁を話す粋な方でした。途中から父上のお話になったのですが、父親からどうやって仕事や礼儀を学んでいったかをうかがいました。これがとっても面白かったです。職人の世界で伸びていくには、「受け身で教えてもらう」のではだめで、うまく叱られながら「教えられ上手」「学び上手」になることが大事なんだなと改めて実感しました。なんという用事もなく、こうして気軽におしゃべりをするなかに、いろんな面白いお話がたくさんあります。
写真は去年、調査で訪れた長崎で撮影したアジサイです。長崎、いい町だったなー。このところプライベートの旅行はゼロなので、たまには目的のない旅とかにも出てみたいなぁと思ったりします。
● 2013年6月4日(火)晴れ あたたかい
【職人の想いのたけを聞く】
今日は、2人の職人の方のお仕事場にうかがってきました。まず、かつらの職人さん。まだあまりご報告できない状態なのですが、能楽関係でひとつ取り組んでいる道具があり、その打合せのためにお会いしてきました。写真は舞踊用の獅子の頭(かしら)をかぶらせていただいたものです。手で持つとすごく重いのに、よくできたもので頭にかぶると想像していたよりもうんと軽いのです。これもかつら屋さんの技術なのだと思いました。じゃんじゃん毛を振れそうな気持ちになり、かなりテンションがあがります。すごいものです。
もう一カ所は、提灯の職人さんのお仕事場です。歌舞伎座の大道具さんのWebサイトのための記事が書き上がったので、確認していただくために出向きました。郵送とかFAXという手もありますが、職人さんの場合は特に顔を合わせてお話することを心がけています。今日も、原稿を届けるだけのはずが、たくさんお仕事のお話を聞かせていただきました(古い用具をひとついただきました)。
どちらの職人さんも非常に誠実でいいお仕事をされますが、いろいろ課題をかかえておられます。そして、伝統芸能全体の行く末、末端で仕事をする上でのご苦労などを切々と語っておられて、心がしめつけられるようでした。おこがましいですが、私のような外部の者にだから話せる、というのもあるのではないかと感じました。業界の中はある程度、階層が決まっていますので、そのなかだけで問題解決をするのはやはり難しいのだと思います。「まあ、あんたみたいな人がいるから、がんばるよ」と言っていただいて、こちらも涙が出そうでした。少しでも、その気持ちに応えられるように私も粘り強く努力していかなくてはと改めて感じました。
● 2013年5月28日(火)晴れ あたたかい
【墨田&台東エリアとの交流】
このところ墨田区、台東区の方々と交流することが多くなりました。このエリアは、ものづくりがさかんで最近では墨田区が推進しているものづくりブランド「すみだモダン」なども話題になっています。私がこの地域とお近づきになった第一歩は、仲良しのお姉さんが墨田区に住んでいたからです。ものづくりのまち墨田を住みかに、というコンセプトで活動をされています。2012年の春に向島で「着物をきて投扇興をしよう」という会が開かれ、お誘いを受けたので出かけてみました。写真はそのときのものです(撮影は一緒に投扇興の会に参加した樋野晶子さんです)。
このときに出逢った方とひょんなことから台東区の体育館で卓球をすることになり、それが「さくらばし卓球倶楽部」というチームにまで発展しました。私はちょっと遠いのですが、ガチで卓球をするのがおもしろくて通っています。その卓球部の呑み会には、墨田・台東エリアのおもしろい人がたくさん集います(卓球台のあるバーで、トーナメント戦も行う)。そうした機会に東向島珈琲店のマスターさんとも知り合い、先日小さなイベントをお店で開かせていただきました。個人や小さな規模でものづくりをする人たちが集まるエリアって、本当にあったかい人の交流があります。
● 2013年5月14日(火)晴れ あたたかい
【道具の復元に対する考え方】
後継者がいなくなるなど、製作ルートが失われてしまった(あるいは失われつつある)「伝統芸能の道具」をどのように維持するか? ということを追いかけています。最近、さまざまな分野の学問の方とお話する機会に恵まれているのですが、いろいろつきつめていくと「どう維持するか」という根っこのあたりにいつも向かっていきます。
たとえば「伝統的な素材」が調達困難になった場合。それは野生生物由来の素材であることが多いのですが、生態系とのバランスを考える必要があります。絶滅危惧種の野生生物を素材としている場合は、人工素材で代用するということも考えるべきですが、その際も単に似たものを安く大量生産できればよい、というものではありません。日本人はものづくりという手作業を通じて培ってきた独特の文化があります。このところ、大道具さんの仕事現場で働いている人と話をすることが多いのですが、簡単・効率になることで、小さな作業に宿る「大切な無形文化」が失われているような気がしてなりません。かといって、昔のやり方のままだと、現代の一般の働き方(週休二日制など)との乖離が激しくなり、新しい働き手が確保できません。
まだまだ、自分のなかで試行錯誤の状態です。迷ったときは、伝統芸能の道具に関わる裏方、職人さんのところへ戻りたいと思います。今は、文化人類学の川田順造さんのお考えに共鳴する部分が大きいです(ある学会で「先生」と呼び合わない、という取り決めが発生したため川田さんとお呼びしています)。それから、最近お話をさせていただいた理化学研究所の素形材工学の大森整先生とも深く面白い議論ができそうです。近代技術とどう向き合い、どのように取り入れたらいいのか、ベースの部分で納得いくようにこれからお話を重ねさせていただければと思っています。大森先生にはぶつけてみたい疑問などがてんこもりです。近いうちにまたお目にかかる機会をいただいたので、たくさんお話してみたいと思っています。
大森先生のご専門の「素形材工学」については、私自身もあまり理解できていないのですが(!)、以下のキャノンのインタビューに大森先生のお考えなどがまとめられていますので、ご紹介してみます。難しいことをわかりやすく、楽しくお話される方で、とても魅力的です。川田さんもそうですが、とびっきり優秀な方は自由闊達で少年のようですね!
写真は2012年の初夏に訪れた桂離宮の写真です。いろいろ煮詰まったときに、桂離宮をふらっと散歩できたら、どんなにいいだろう〜(いろんな意味で、叶わない夢です)。
● 2013年5月9日(木)あたたかい日
【河竹登志夫先生】
公益財団法人都民劇場理事長、早稲田大学名誉教授の河竹登志夫先生が5月6日にお亡くなりになられました。河竹先生は歌舞伎作者・河竹黙阿弥の曾孫にあたられ、歌舞伎座新開場「古式顔寄せ手打式」では狂言名題読み上げをされておられました。私のような歌舞伎界の端っこをウロウロしているような人間からは雲の上の存在ですが、『松竹歌舞伎検定公式テキスト』の執筆を監修していただいたことなどからご縁をいただき、その後「伝統芸能の道具ラボ」の活動についても時折、ご相談やご報告をさせていただきながらご指導をたまわっていました。今年の3月もお電話でお話したばかりでしたが、ざっくばらんに親切にお話くださり、大変はげまされたものでした。絵がお上手で、ときおり葉書にカエルやアメンボの絵を描いてくださっていました。
5月9日は、お通夜(青山葬儀場)にて遠くからお別れのご挨拶をしてきました。精神的に頼りにさせていただいていましたので、とても心細くなりましたが、これからも活動を続けることで先生へのご恩返しをさせていただきたいと思っております。謹んでご冥福をお祈りいたします。
● 2013年5月1日(水)GW
【歌舞伎座の大道具さん】
このところ歌舞伎座の大道具さんにご縁があって、いろいろ関わらせていただいています。歌舞伎の大道具を担当する会社はいくつかあり、それぞれ棲み分けをして仕事をしておられます。会社によって、背景画の石垣や瓦の描き方がちょっと違っていたり、技法などが少しずつ異なったりして、なかなか面白いです。私が今、よく出かけているのは歌舞伎座を拠点にしている歌舞伎座舞台株式会社さんです。
歌舞伎座は1年中歌舞伎の公演をやっています。そして、毎月はじめに初日の幕が開き、そこから1日の休みもなく毎日公演が行われ、月末近くに千穐楽。そして4日間くらい間をあけて、またすぐ初日になります。つまり月末の4日間で次の公演の準備をしなくてはなりません。5月の公演の場合、松戸にある製作場で4月分の準備をしていますが、劇場のスペースには限りがあり5月分の道具を劇場に運び込むことはできません。千穐楽の翌日に4月分の道具を搬出し、5月分の道具を搬入(トラック5台分!)。そして劇場でいろいろな道具を組み立てていきます。先日、その様子を拝見してきましたが、すごいチームワークでぐいぐいと作業を進めておられて、圧倒されました。もう、とにかく手早い、手早い! いつまで見ていても、見飽きることがありませんでした。
写真はトラックから降ろされた道具を舞台へ運ぶ様子です。大きな道具も、軽々と運んでいかれます。女性の大道具さんもいらっしゃるのですが、彼女たちも大きな脚立とかも、ひょいひょい運んでいます。歌舞伎の裏方さんのなかでも、最も体を大きく使うお仕事だと思います。みなさん、さっぱりしていて、魅力的です。
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