伝統文化のための竹プロジェクト
Vol. 8

(8)2015年11月 歌舞伎の傘づくりの現場へ

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15/12/04 UP

歌舞伎には傘がよく登場します。もちろん和傘です。私たちの日常は、洋傘しか用いておらず、和傘を触ったことがない日本人も多くなっていると思います。このように、日常生活で使われなくなった道具が、歌舞伎ではたくさん使われています。提灯、傘、蓑なども同様。歌舞伎は、伝統芸能のなかでも特に道具の種類、数が多いですから、まさに「日本古来の生活道具のタイムカプセル」ともいえます。

さて、歌舞伎の小道具としての傘(つまり雨をしのぐためとか、強い日差しを避けるためなどの実用ではないもの)ですが、東京の藤浪小道具が扱っているものは、岐阜の藤沢商店という傘屋さんが主軸となって作っています(歌舞伎の傘では色などの指定が細かいため、紙の染色は藤浪小道具が担当しています)。

美濃和傘 株式会社マルト 藤沢商店
和傘の基礎知識や、和傘が作られる工程など非常に丁寧に解説してあります。
http://www.wagasa.co.jp

歌舞伎の傘については、いい腕の職人が減っているという情報が聞こえてきており、以前から気にかかっていました。傘は竹が素材になっていますので、私たちの「竹プロジェクト」の一環として、歌舞伎の小道具方の近藤真理子さんと一緒に、藤沢商店さんを訪問することにしました。

藤沢商店は岐阜駅から約2キロ東南という場所にあります。駅前からバスに乗り、揺られること十数分で到着しました。
社長の藤沢健一さんをおたずねしたのですが、お忙しいなか時間を作ってくださり、竹という素材を軸にしながら傘作りについて、熱くお話をしてくださいました。その内容については、来年春に発行予定の『宮津・竹の教科書2015』(発行:NPO法人地球デザインスクール、宮津竹の学校実行委員会)という冊子にて詳しくご報告する予定です。以下は、簡単な訪問記です。

20151111kasa03 藤沢商店の社長の藤沢健一さん

歌舞伎の舞台のための傘は、一般の傘とは異なる条件がたくさんあります。歌舞伎は決まり事が多いですから、色にも神経を使います。それから、有名な演目である『助六』では、主人公の助六が和傘を使いながら舞踊的な演技を行います。劇場の2階や3階の席からでも、役者の顔がよく見えるように、傘は一般のものよりも大きく開くようにしてあるそうです。好きな役者さんお顔が見えないと、お客様ががっかりしてしまいますからね。歌舞伎らしい心配りです。
また、傘を握り込んだときに、あまり太いと演技に支障がでます。それになにより美しさが大事。そうした細かい要望に応えなくてはなりませんから、作られるほうも大変です。

20151111kasa01 近藤真理子さんと藤沢健一さん

そもそも、和傘というものは、数ある日本の伝統的な民具のなかでも、製作工程がひときわ複雑で、細かく分けると100工程にもおよぶそうです。そのため、一人の職人だけで傘を作り上げることが難しく、どうしても分業にならざるをえないとのこと。後継者を育てるにも、一人育てればいいというわけにはいきませんから、なかなか難しいようです。

藤沢さんのお話で、一番感動したのは、「できあがった傘の姿(傘を閉じた状態)を、竹林のなかに育っていたときの竹の元の姿に近づけるようにしている」という言葉です。自然とともに生きてきた日本人ならではの考え方だと思いました。それから、雨傘は音を楽しむものであるということ。雨音はもちろん、傘を差すときの「はじき(留め具)」の音も、楽しんでほしいということでした。

お話をうかがった後は、工房も見学をさせていただきました。張り師の田中富雄さんが傘の骨を広げていく作業をされているところでした。骨を広げた後は、まず周辺に細い和紙を貼り、ぐるりと貼った後に、中を貼っていくそうです。全体からすると、わずかの工程ですが、そうした細部の作業も非常に細かく、いかに和傘づくりに手間がかかるか、感じ取ることができました。

20151111kasa04  張り師の田中富雄さん。傘の骨を広げているところ。

20151111kasa06 傘のふちには糸がわたしてあり、そこの和紙を貼って円周の形をつくる。

訪問の記念に、私も雨用の和傘を1本購入しました。このページの一番上の写真がその傘です。傘の内側も大変美しく、さす人の目を楽しませてくれます。工房では、藤沢さんのお孫さんにあたる若い女性も仕事をされていました。「着物を着たときではなくても、毎月1回はこの雨傘を差してくださいね」と言われました。「月に1日、和傘デー」をつくらなくては!と感じました。彼女は、近くのコンビニに行くときにも和傘を差していかれるそうです。素敵ですね。

20151111kasa05 傘のふちに和紙を貼る作業を体験している近藤真理子さん。

傘作りの精緻さ、そして現在抱えておられる課題などをうかがい、和傘の美しさに感動すると同時に、未来への継承を考えると、かなり厳しい状態にあることがとても心配になりました。この伝統を未来に伝えていくために、私たちに何ができるか。なにか具体的な行動を起こしたいねと、真理子さんとあれこれ話をしながら、東京へと戻りました。