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歌舞伎に『籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)』という人気演目があります。吉原という廓が舞台で、八ツ橋(やつはし)という名前のきれいな花魁がでてきます。その八ツ橋は、とても豪華な衣裳を身につけており、持ち物もそれに見合う派手で上等なものが小道具として用意されます。
八ツ橋は、芝居の折々に、莨(たばこ)を吸います。今のたばことはイメージが異なり、当時は生活文化として根付いていましたし、格の高い遊女の八ツ橋は、黒塗りの大きな莨盆(たばこぼん:取っ手付きの小さな箪笥のような感じ)に長くて太い銀色のキセルで、ゆったりとたばこを吸います。キセルは、むき出しで運ばず、袋に入れて持ち運び、喫煙の前にお付きの人が袋から出して、八ツ橋に渡します。お芝居の場面でいうと「立花屋店先」でそのようなシーンがあります。
そのキセルを入れる袋は、赤い色で鹿の子絞りがほどこされています。歌舞伎の小道具を一手に担っている藤浪小道具の近藤真理子さんから、連絡があり、現在使っているその袋が、古くなって絞りものびてしまっているので新調したいと相談を受けました。というのも、あるところに絞りの布地を注文したら、絞りの目が荒く、その品質に満足できなかったそうなのです。道具ラボでは、歌舞伎の床山さんのために、絞りの細かい布地を復元したことがあったので、それを思い出してくれたようでした。
使い込んで、絞りがのびてしまった布地(写真提供:藤浪小道具 近藤真理子さん)
これまで、何度も『籠釣瓶花街酔醒』は見てきましたが、キセルを入れている袋にまでは、注目はしてきませんでした。過去の舞台映像を見ると、たしかに赤い布袋にキセルが入っています。こうした相談をいただかないと、なかなか気づかないところなので、面白いなぁと思いました。そして、ほとんどお客さんが気づかないようなところまで、こんなに贅沢な布が使われており、またその品質を維持するために小道具さんが努力されていることも、とてもすばらしいと感じました。道具ラボの知見が、お役に立てるならこれほどうれしいことはありません。そのような理由で、道具ラボが布地探しに協力をさせていただくことになりました。