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【伝統芸能の道具ラボ 田村民子による前説】
「DOGU深耕」は、さまざまな立場の方から「伝統文化と道具」を切り口にしたエッセイを寄せていただくコーナーです。第1回は、「カナダ」という海外からの視点から綴っていただきました。執筆頂いたのはフリーライターの門馬聖子さん。もともと歌舞伎の書籍をまとめる仕事で御一緒したことからお付き合いがはじまりました。今は、双子のお子さんと一緒にカナダに親子留学をされていて、その体験を田村も楽しくうかがっています。
聖子さんは「伝統芸能の道具ラボ」にも深い関心を寄せてくださっており、昨年のクラウドファンディングでもご支援いただきました。そんな聖子さんとの交流のなかで、あるときトーテムポールの話題が出て、「もっと詳しく知りたい!」と感じました。そこで、今回の原稿を書いていただきました。つい自分のフィールドにこもりがちなので、視野を引くきっかけにもなりました。
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DOGU深耕 第1回 カナダ先住民族のトーテムポール
門馬聖子(フリーライター)
●ユニークな伝統芸術の正体は
私は親子留学という一風変わった名目で、双子の娘と共にカナダ・バンクーバーに滞在しています。日頃、子ども中心に生活が回転し、子どもの視線でバンクーバーを眺めるばかりでしたが、民子さんとの折々の近況報告の中で「伝統」「道具」といった言葉に触れ、そう言えばそうしたものが風景の一部として確かに存在していることに思い至りました。
昨年夏、バンクーバー国際空港に降り立った時、早々に目に飛び込んできたのは、大空間の空港ロビーの中心に構える先住民の伝統芸術をモチーフにした巨大なアートでした。人間かと思えば鳥の爪を持ち、動物の顔でありながら身体は人間――そんな不思議な生き物たちが身を寄せ合うようにボートに乗っています。生き生きした物語を感じさせる構図と大胆に施された彫刻に圧倒されたのを思い出します。バンクーバーの街を歩けば、オフィスビルの脇や公園の芝生に立つトーテムポールに出会うこともあります。人間と動物が渾然一体になった、あの空港で見た、思わず顔がほころんでしまうモチーフです。その奇想天外なデザインはどこから来るのか。そこに秘められた物語を垣間見たくなり、トーテムポールが多数展示されているというブリティッシュ・コロンビア大学の人類学博物館を訪れました。
左:博物館正面で出迎えるトーテムポール。足元の太陽は生命エネルギーの象徴。 中:一本一本にそれぞれの物語がある。3本のうち一番右の「トーテム」は知恵の象徴、ふくろう。 右:ハイダ族のトーテムポールは、ダイナミックさとバランスのよさが特徴。
UBC人類学博物館(The Museum of Anthropology at the University of British Columbia)
http://moa.ubc.ca/
●ファースト・ネーションの物語に触れて
トーテムポールが北アメリカ先住民の作品であることはご存じの人も多いでしょうが、実はトーテムポールの歴史を持つのは太平洋北西海岸沿い、つまりアメリカ・ワシントン州からアラスカにかけて居住していた先住民に限られています。バンクーバーを含むブリティッシュ・コロンビア州はちょうどその中間地域。カナダでは先住民の人びとを敬意を込めてファースト・ネーションと呼んでいますが、18世紀半ば、ヨーロッパからの入植をきっかけに迫害、差別など苦痛の歴史を辿ったのはアメリカ・インディアンと同じです。太平洋北西海岸を拠点にするファースト・ネーション(あるいはアメリカ・インディアン)は主な部族で6つ。およそ一万年前から温暖な気候と豊かな森林に恵まれ、多彩な海の幸、山の幸を食し、独自の生活文化を営んできた様子がトーテムポールをはじめ、カヌー、日用品、祭祀道具などの展示物から伺えます。
一本のトーテムポールと向き合うと、いくつもの目や口が熱心に何かを語りかけてくるのを感じます。ファースト・ネーションの人びとは霊的な信仰や儀式を持ち、その物語を部族の長老たちが口承で代々伝えてきたと言われています。トーテムポールに描かれた生き物たちはそんな物語や家紋をシンボル化したもの(トーテム)で、それぞれのトーテムはそれぞれの意味を持っています。例えば、伝説の鳥サンダーバード(雷鳥)は自然界の全能の支配者で強いスピリットとリーダーシップの象徴であり、世界の創造主とされるレイブン(渡りガラス)は何事をも可能にし変化させるパワーの象徴であるというように。ファースト・ネーションの文化では人間と動物の境界線があいまいで、両者を行ったり来たりし、動物が人間の祖先だったとする神話も伝えられています。
トーテムポールは家の表札である家屋柱、結婚や戦勝などを祝う記念柱、死者を弔う墓柱など様々な役割や目的がありますが、宗教的な意味はなく、部族の力を示す広告的な役割が色濃いようです。トーテムポールが完成すると、ポトラッチと呼ばれる儀式で披露するのが習わしで、部族のリーダーは食事や宝物を大盤振る舞いしてその力を内外に誇示します。そんなポトラッチを多く開催できるリーダーほど有能なリーダーであることの証。トーテムポールにポトラッチの開催数がリングで描かれていることもあり、シンボルやデザインの意味を知るほどトーテムポールとの出会いが楽しくなっていきます。
左:ポトラッチの祭事道具。舟形をしたものは、大量の食べ物を盛るためのお皿。 右:家の表札であり大黒柱でもある家屋柱。遠目にも際立っている。
●古びてゆくものとどう付き合うか
さて、トーテムポールには全てシダー材(ヒマラヤスギ)が使われています。シダー材は柔軟ではっきりした木目を持つのが特徴で、カナダの豊富な森林資源の下、材料に欠くことはないようです。現在のバンクーバーの住宅建築もほとんどがシダー材とのこと。ファースト・ネーションの学芸員さんによると、この博物館に保存される最古のトーテムポールはおよそ150年前のもの。必要以上に改修、補修の手を加えず、朽ちていくものは自然に朽ちるにまかせるという考えが根付いているそうです。自然に抗わず一体化しながら暮らしてきたファースト・ネーションの人びとの姿勢を象徴するようで、すがすがしさを覚えます。博物館の室内展示では、そんな稀少価値の高い100歳を超えたトーテムポールに手を触れながら見学することができます。生活小物や写真資料の展示も膨大な数にのぼり、一日中いや何日もかけてこの世界に浸っていたい、そんな気分になる場所です。また今なお多くのアーティストが伝統を継承しつつ、あるいはアレンジを加えつつ制作し続ける比較的新しいトーテムポールは、博物館の庭で移築された住宅と共に親しむことができます。
現在、カナダにはファースト・ネーションの生活が守られた「保留地」と呼ばれる特定の居住区域があります。カナダ全土で2200カ所以上、ブリティッシュ・コロンビア州にも点在するようですが、まだ足を延ばすに至ってはいません。この親子留学中に訪れることができたら、ぜひ訊いてみたい。トーテムポールは今もファースト・ネーションの人びとの暮らしと結びついているのか、もはやそうではないのか――。伝統文化を大事に保存し慈しもうという日本の考え方とはまた違う、新しい視点がある予感がして大変興味深いのです。
左:部族の紋章や歴史を表現し、アーティストの思いが込められた現代のトーテムポール。 右:ブリティッシュ・コロンビア大学構内の人類学博物館は観光客も多く訪れる。
門馬聖子(もんま きよこ) フリーライター
1975年、神奈川県生まれ。大学卒業後、書籍出版社、雑誌出版社勤務を経て、フリーランス歴8年。建築・インテリア誌を中心に執筆活動をしてきたが、双子の娘を出産後、外国へ。
約2年間の韓国・ソウル滞在の後、2012年より期間限定でカナダ・バンクーバーに滞在。外国から眺める日本文化の美に郷愁を募らせつつ、新たな執筆テーマを探求している。現在、『バンクーバー新報』にて日々の思いを綴ったエッセイ「カナダ親子留学中 It’s gonna be fine!」を連載中。
「カナダ親子留学中 It’s gonna be fine!」
http://www.v-shinpo.com/index.php?option=com_content&view=category&id=47&Itemid=47
門馬へのご質問等はkiyokonomail@gmail.comへ。
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